
私が医工連携に出会ったのは、1972年、米国ブラウン大学大学院に留学し、Pierre M. Galletti 先生の指導のもとで ECMO(体外循環膜型人工肺)の研究に取り組んだときでした。Galletti 先生は、世界で初めて人工心肺の実用化に取り組まれた、人工臓器研究の草分け的存在であり、先生が執筆された『Heart-Lung Bypass』は、現在でも体外循環技術の名著として知られています。
当時の Galletti 先生の研究室には、医学、工学、さらには産業界のエンジニアまで、多様な分野の人材が集い、専門の垣根を越えて自由に議論が交わされていました。誰もが率直に意見を述べ、互いの専門知識を持ち寄りながら研究を進める、活気に満ちた環境でした。人工臓器の研究において、医師と工学研究者が協力することはごく自然なことであり、当時は「医工連携」という言葉すら必要ありませんでした。私は熱流体工学の専門でしたので、 ECMO の流体力学的評価をテーマに学位論文をまとめ、Ph.D.を取得しましたが、この研究室の医工連携の雰囲気を日本でも実現したいという思いが、その後の私の原点となりました。
帰国後、幸いにも東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所・理論外科に助手として採用していただき、臨床医学の中心で医工学研究に携わる機会を得ました。同教室は、人工心臓研究の櫻井靖久教授、生物流体力学の菅原基晃助教授を中心とする体制で、正に異分野の研究者による医工連携が実践されている場でした。理論外科教室の設立は、心臓外科の世界的第一人者で、日本心臓血圧研究所を設立された榊原仟先生の発案によるものであり、その先見性には深い敬意を感じざるを得ません。
その後、母校である慶應義塾大学理工学部に赴任し、学生とともに医工学研究室を立ち上げました。人工臓器研究にとどまらず、生物流体力学をはじめとする多様なテーマに取り組む中で、医工連携の可能性をさらに広げていくことができました。
1991年頃、恩師 Galletti 先生が来日され、慶應義塾大学医学部をご案内する機会がありました。その際に催された歓迎会で、当時杏林大学から慶應に戻られたばかりの北島政樹先生と初めてお会いしました。北島先生は理工学部の研究に強い関心を示してくださり、それ以来、医工連携の在り方について折に触れてご助言ご指導をいただくようになりました。Galletti 先生との出会い、そして北島先生とのご縁は、私にとって医工連携を学ぶ、かけがえのないものであったと感じています。
![]() 体外循環技術に関する 名著Heart-Lung Bypass |
![]() Pierre M Galletti 先生 |
![]() 北島 政樹 先生 |
2009年、北島先生を初代理事長として日本医工ものづくりコモンズが発足し、2013年には法人化されました。医療分野とものづくり工学分野の専門家が集い、両者を結ぶさまざまな活動が開始されました。北島先生のリーダーシップの基で、コモンズの医工連携活動が加速し始めた矢先、北島先生が急逝され、コモンズの進むべき道が見えなくなるという困難に直面しました。そのような中でも、役員や会員の皆様からの支えを受け、北島先生のご遺志を継ぐことが何より重要であるとの思いから、我が国における医工交流の場として活動を継続してまいりました。
私の医工連携の原点は、分野を超えた人々が自由に語り合い、新しい価値を生み出していた、ブラウン大学 Galletti 先生の研究室の雰囲気にあります。さらに、北島先生によって開拓された専門分野の違いを越えて率直に議論できる場こそが、日本医工ものづくりコモンズの目指すプラットフォームであり、共有地であると考えています。今後も、多様な人材が集い、つながり、協働する場として、コモンズの活動を進めてまいります。
一般社団法人日本医工ものづくりコモンズ 理事長
慶應義塾大学理工学部 名誉教授
谷下 一夫

初代理事長北島政樹先生を偲んで
第2代理事長
谷下一夫
初代理事長の北島政樹先生は、医工連携に対して人一倍強い想いをお持ちでした。
若き日に留学されたマサチューセッツ総合病院(MGH)において、医師たちが近隣のマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者と日常的に交流し、新たな医療のアイデアを次々と生み出している光景をご覧になり、医工連携の重要性を深く認識されたと、生前よく語っておられました。
医療ロボットという概念が一般化する以前から、先生は手術ロボット開発の必要性を提唱され、慶應義塾大学理工学部と連携して研究開発を開始されました。そして、手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」を日本で初めて導入されたのも北島先生です。その先見性は、まさに慧眼というほかありません。
こうした北島先生の医工連携に対する強い想いは、一般社団法人日本医工ものづくりコモンズ初代理事長としてのご挨拶の中にも色濃く表れています。この貴重なメッセージを、ぜひ多くの方々にご覧いただきたいと考え、ここに改めて北島先生のご挨拶文を掲載させていただきます。
なお、北島先生の「私の履歴書」が、日本最大級の医師向け医学・医療情報サイト m3.com のスペシャル企画として掲載されております。併せてご高覧いただければ幸いです。
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現在は、低侵襲医療や個別化医療の進展による医療イノベーションが進行している時代と言えます。そのためには、医療現場のニーズと先端的な工業技術とが融合することが必須です。
私が1970年代に留学していました米国のマサチューセッツ総合病院(MGH)では、近隣のマサチューセッツ工科大学(MIT)と緊密に連携して、新しい医療を創造していました。まさに医工連携による成果です。残念ながら我が国では、医療分野と工学工業分野との連携が十分でなく、結果として日本の医療産業の規模は大きくありません。
政府が進めている医療イノベーションを達成するためには、ベッドサイドから医療ニーズを掘り起こし、先端的な技術シーズとマッチングさせることが必要です。そこで、医学系と工学系の学会の連携により医療現場とものづくり現場とを融合するプラットフォームの形成を目的として、2009年11月に「日本医工ものづくりコモンズ」を設立し、これまで医工連携に関する活動を行って参りました。今後、コモンズの活動をさらに発展させるためには、組織基盤を堅固にすることが必要と考えられますので、「一般社団法人日本医工ものづくりコモンズ」を設立致しました。まさにコモンズは、学会連携の横断的ネットワークによる医学と工学、さらに産官学の情報共有地となり、将来この共有地から国際的に競争力を有する医療産業が創成されることを目指しています。
是非とも多くの医学系や工学系、さらに産業界や官界の皆様がコモンズにご参加頂いて、高品質で安全な医療技術を患者さんに届けることができるようにしたいと願っております。コモンズへのご参加を心よりお待ち申し上げます。
一般社団法人日本医工ものづくりコモンズ 初代理事長
国際医療福祉大学 名誉学長
故 北島 政樹